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2015年8月24日

クリパルヨガを実践して

クリパルヨガを続け、人に伝え思うこと。


クリパルヨガに限らないが、ヨガで何をするかを少しみていくと

自分を意図的に呼吸、体を使ってゆり動かす。

外側の枠、体の動きを意図的に止め自分の中をみていくことをする。


そうすることを意識化していくと普段の自分の言動、心の癖の気づきが深まってくるひとつのツールを覚える。

ときにその気づきが居心地がいいものではないときもあるかもしれない。


ヨガは体を主に伸ばすこともするのでクラス後、あ~。。。気持ちよかった!と終わって帰られる方も多いだろう。

その中、自分をみていく練習なのでパーフェクトなクリアな感覚で終わるとも限らない。

それもクリパルヨガは大切にしている。


ジレンマや、出来る出来ないの執着、自己判断、ポーズをとるときの在り方、手放し方が日常の在りのままの自分を感じるときも集中してみていくと多かれ少なかれ、心も動く。

それに良いとか悪いとかの判断をしないで客観視していく練習。


クリパルヨガはそれをとても大切にします。


先日、ヨガ歴ある人達のクラスの後半で胸を開く形のポーズのホールドをしました。(セツバンダアサナ)

そこで、なかなかクラスの中のひとりが居心地が悪いのか呼吸が早くなり、土台となる足元も動かしだした。

緩める選択肢も大切にとリードしたが、無理やりは止まらず、両肩もグイグイ動かしだしてしまい、最後勢いよくポーズを抜け出された。

ポーズの過程を飛ばし、どうしてもポーズの頂点(本人が望む形)までいきたかったのかもしれない。

胸を開きたかったのかもしれない。(本人にしかわからないが)


体は大丈夫か声をかけ問題はなかったようだが、暫く体を投げ出されたままだった。


日常での在り方はマットの上でもそのまま出る。


体と心は繋がっています。

体が(心が)胸を開きたくない時もある。 体と心を繋げてくれてる呼吸を使って、その変化をみていくのも大きな一つの方法です。

でもそれでも開ききれない時は、そこを無理にこじ開けようとするのはとても乱暴に思えるときが傍にいて感じる事がある。

変わってく過程をみる作業がなければ、自分の大切な道具(体)に乱暴であれば

それはヨガではないと思う。


普段の心の緊張とストレスで体を鎧の様に大切に中を守るために硬くなってるところもある。

脚の裏(ハムストリング)が硬くてと自分の脚をバシンと叩いてみせる人も多いが、それだけ大事な体を支えてくれている場所でもある。

胸が開きづらいのは、それだけ大切に自分の奥の何かを守ってるのかもしれない。


また最初から頭でこのポーズはしない。エッジの探求を最初からしない と頑なになってるのは、本当に体だけの声なのか。。。と思う時もある。

答えは自分の中にある。


クリパルヨガはポーズを完成させることを第一に目標としていません。

力を抜く、軸を感じる、いろんなことに気づいていく練習をしていきます。


呼吸して、リラックスして、あじわって、手放す。

クリパルヨガの大切にしていること。

今はそうなんだな。とそういう自分を受け入れてあげる練習を続けたなら人には勿論、自分自身への愛も深められる。と私はクリパルヨガに少しづつですが学びをもらってます。

まだまだ、さまざまな感情で自己否定、思いの癖等をもつ私ですが。

それも気づきと思い、ヨガを続けています。

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kyoko

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